リツエアクベバ

satomies’s diary

実家詣

毎日東京の新規感染者数がすごいことになっているが。どこに遊びに出るでもなく、電車で移動して実家に行って母と時間を過ごすだけのことと割り切り決行する。

手土産に手製の柚子の蜂蜜漬け、娘の事業所の製品、果物など。
到着して叫ぶ、忘れ物に気づいたため。

仏壇の父にごめんごめんと叫ぶ。持ってくるの忘れたよ、買ったのは早かったんだよ。ぐずぐずぐずぐずと文句を言う声が聞こえてくるように思うので、とにかく平謝り。

忘れ物は、舅と父が好きだったもの。ふたりとも、最期の頃にはもう食べられなかったもの。

父がぐずぐずぐずぐずぐずぐずぐずぐずと、文句を言う。
「向こうのおとうさんには忘れなかったんだろう、すぐ渡したんだろう、おれには忘れたんだろう」。
こういう愛されなかった系に、父はしつこい。ごめんごめん、本当にごめんなさい。

死んでしまうと、たいがいの欠点に優しくなる。
死んでしまうと、たいがいの欠点に人生を思う。

という話を母とする。まあ面倒くさい人だった。大切にされない育ち方をした人だった。
大切にされない育ち方をすると、いろいろこじれるよな、と考える根源にもなった。だからというか、子どもは大切に育てようと思ったし、大切にされるということが伝わる育て方をしたかった。

そうして「母親に大切にされている子ども」を見ると、父の心はまた波立つのだったよなあと。「孫」より自分の心の迷子の方が重かった。

人生だなあと思う。ごめんね、次は必ず持っていくから。