リツエアクベバ

satomies’s diary

最初の経験

16年前になるのか、娘がまだ入院していたときに。面会を終えてとぼとぼと歩き駅に着いたときに、駅の改札に向かう階段のところの光景にふと目が止まった。
そこには車椅子の男性と、そこに付きそう一人の女性。その女性が明らかに、なんか途方にくれた顔をしていた。
(ああ、なんか困ってるんだ…)と思った。ドキドキした。その困っている要因が、あの車椅子という物体になんか関係があるような。そして、その車椅子という物体に、なんか自分が入り込めないようなムードを自分が感じていることとか。
そのときに。いや〜、今から思えば本当にあの頃のあの時期の自分、いろんなものを抱え込んで、いろんな不安も抱え込んで、そして気負っていたんだろうと思う。娘が入院して、心疾患とダウン症の告知を受けて。まだ一ヶ月かそこらの頃だった。
わたしは障害児の母親になったのだ、と。これからそうやって生きていくのだと。今、逃げてはいけないのだと思った。
ふっと息を吐いてから、すたすたとその、途方にくれた顔をしていた女性に近づきまして。「何かお手伝いできることはありますか?」と。
そしてその女性は、声をかけられたことにほっとした表情で、困っている理由を教えてくださった。
この理由、このあたりの事情はこの16年で本当に変わったのだと思う。今はどうなんだろう。設備も増えたし。その理由とは「駅に向かう階段を、車椅子をいっしょに抱えて上ってくださる方の手助けが欲しい」というものだった。駅に着いたら駅の人に頼んでいいのだけれど、駅に行くまでは誰かの手を必要とするのだと。
「わたし、持ちますよ」と言うと、「いえ、二人じゃ無理なんです」と。なんかそういうときは人に頼まなきゃいけないのだけれど、上手く頼めなくて、頼んだ人に断られ続けてしまっているのだと。
ここでわたし、気負ってた気持ちがふっとラクになった。あ、なんだ。人を集めればいいのか。ああそれ、わたし得意だ得意。「すみません、ちょっと人の注目集めていいですか?」と断ってから。
ざっざかざっざか歩く人の群れに向かって叫ぶ。「すみませ〜〜ん、ちょっと手を貸してくださる方いらっしゃいませんか〜?」
ばばばばばと人がわたしを見る。一人がわたしの方に向かって歩き出したら、その動きは次々に加速され、あっという間に10人以上が集まった。本当にあっという間だった。男性が人選されて、わたしはそこで用無しにもなってしまった。
そうかあ、と思って。なんかこう、生まれてきた「障害という告知を受けた赤ん坊」のその「障害」とも、なんとかやっていけるんじゃないかと思った、そのとき。
いや〜、いろんなもの抱え込んで気負ってたんだなあと思うけど。でもこのときに得たものは、わたしにとっては大きかったと思うな。とても感謝。
なんかね、7月28日エントリの反応からいろんなこと思い出してて。過去エントリの自分のコメント引っ張り出して読んでたりして。

2007年8月6日更新分/コメント欄
ああわたしもきっとそっち側だっただろうなあ、って思った、このとき。

で、昨日中三の自閉症の子のママと電話で話してて、このときのわたしの行動の細部に関して「ここはこうでよかったのか?」とか聞いてて。
自分の最初ってなんだったんだっけ、と思ってたら、急にこの16年前のことを思い出したのでした。