引用しようとすると、全文引用しなきゃ変なので引用しません。詳細は上部リンク先で。
んで。これ読んで。「おお、fuuuuuuunさんとこでコレが出たか」、と思った。
「コレ」。fuuuuuuunさんとこでリンクされてるこの文章は。現在どうなってるかよく知りませんが、日本ダウン症協会に連絡を取ると送付されてくる冊子「この子とともに強く明るく」の裏表紙に掲載されていました。まあ周囲のダウン症児親仲間ではみんな知ってる文章でしたね。
これ、この文章に対してどう思うかということは、ばっさりと二分していました。「アレ読んだときどう思った?」なんて質問のしあいは、子どもが幼児期くらいになったらちょこちょこと出てきたように思う。
ひとつはこの文章に「癒された」派。ネット上でこの文章を記載するダウン症親グループのサイトや、ダウン症の親個人サイトは多い。それは「癒された」派なんだろうと思います。
そしてもうひとつはfuuuuuuunさんタイプの感想。おおココは引用しよう。
ていうか責任者の横っ面のひとつもはたきたい。
うちの子に余計なもんつけて寄越すなバカ。
(ふー/fuuuuuuunの日記)
「そんな人もいるかもしれないけど、神様はまちがえたのよ〜。それはわたしじゃないわ〜」と、この文章読んで泣いた、という人の話もけっこう聞いたな、と思う。
わたしは。端的な感想は「…。だから?」という感じ。文章やその内容に関して、肯定とか否定とかじゃなくて、「こんな大騒ぎしなくちゃならなくて、大変だな」という感じ。
あと、fuuuuuuunさんと同じく「柔和でおだやか」にも引っかかりましたね。ここにどこか線引きしているような感じがした。その後自閉症や発達障害の子どもたちを知って、特にこの違和感は強くなった。すごくおおげさに言ってしまえば「肯定に潜む差別」という感じがする。
この文章に対立するような位置にあるのが「オランダ派」。「オランダへようこそ」は、今じゃネット上のかなりの場でそれが全文読めるんですが。最初にこの文章を日本に紹介したのは、ネット上で膨大なライブラリをもつ日本ダウン症ネットワーク「JDSN」を作っていく元になった団体、茨城県ダウン症協会。ここの会報である「SSKA みんなでワイワイ」に掲載されたものです。
この文章、翻訳年が記載されていて。1996年。そうそうそうだった、この年です。ちょうどこの年、わたしは自分が活動するダウン症児の親の会の会報の編集発行責任者だったので、相互送付をしていた全国の親の会の会報を真っ先に読める立場だった。
ちょっと、というか。いやかなり感動しましたね。そうか。と思った。なんの誤魔化しもきかないところがここにはあると思った。だからこそ、すごくよくわかったなあと思う。変に教育的でもなく、すんなり受け止められる。さすが「先輩」の言葉だなあとも思ったなあ。
この「オランダ」は。無理矢理肯定させようとはしていない。しかも自分の中に生まれるネガティブな気持ちを受け止める。キーとなる重要なところはこの一行。
そのような苦しみは、決して消えることはないでしょう。なぜなら、その夢がなくなってしまったのは、確かに重大な損失だからです。
(Welcome To Holland (in Japanese)「オランダへようこそ」)
そして次につなげていく。
しかし‥‥‥もし、あなたの人生をイタリアに行けなかったという事実で苦悩することに費やすなら、あなたは、オランダでの特別なもの、とても素敵なことを自由に楽しむことは決してできないでしょう。
(Welcome To Holland (in Japanese)「オランダへようこそ」)
ここでまたfuuuuuuunさんとこ戻りますが。
それでもこのちいさな私がここにやってきた意味は、私だけにはわかっている。
(ふー/fuuuuuuunの日記)
そうそうそ〜なんだよね、と思う。「私だけに」わかっていればいい。そして人の数だけの「わかり方」はあると思う。そこを押しつけられたくは、ない。と思う。