リツエアクベバ

satomies’s diary

「コーキーとともに」その5

「コーキーとともに」
このサイトでは’91年にNHKで放映があったと記載されている。’91年の放映はわたしは知らない。わたしが知っているのは’92年で、新聞のテレビ欄には「再放送」の表示があった。確か’92年中に二度、こうした再放送があったと思う。最初の再放送のときに途中から人に聞いて観て、そして二度目の放送のときに一度目に観られなかったものを観たんだった。’91年の秋に娘が生まれた。生後一ヶ月から入院し、昏睡し、手術をし、恢復し、’92年の5月にやっと手元に戻ってきた。’92年の夏に知り合ったダウン症児親仲間の友人に教えてもらった番組だった。
ダウン症の子がいる家庭のホームドラマダウン症者の俳優が出ている。そんなドラマは当たり前に存在しているのかと思った。テレビをつければあっさりとその番組は観られた。録画できなかった回があっても、そんなに惜しいとも思わなかった。そんなドラマは当たり前に存在しているのかと思った、わたしが今まで知らなかっただけで。
それから何年も時が経ていく中で。障害が主とした線で出てくるドラマを観ながら、いつも思うのは「『コーキーとともに』とはどこか違う」ってことだった。ああ、アレはこんな風じゃなかった、みたいな感覚。
あの、娘が小さい頃に観たドラマを自分の中でどこか理想化してるのかなあ、みたいなとこもあった。でも今、16年ほど年数を経てから観ていて、ああ、と思う。わたしはあの頃、わかってなかったね。わかってたのはストーリーの展開だけだね。吹き替えに助けられながら。そして。印象的なとこ以外は忘れていて、それから「印象的」となるポイントがあの頃より増えているんだなあと思った。
赤ちゃんだったわたしの娘は、コーキーと同じくらいの年頃になった。ヤバい、ヤバすぎる。第四話は泣けて泣けて仕方がなかった。
第四話ではコーキーが生まれたときの医師によるダウン症の告知シーンが出てくる。このシーンは記憶がある。だから観たんだろうと思う。でも重要となるその前後のシーンはさっぱり覚えてなかった。記憶があるシーンは確かにある。でもモザイク上の記憶でその記憶につながりが無かったなあと思う。それからこの第四話は、観ながら泣いた覚えがないんだな。
この第四話、わたしの中にストレートにどっかんどっかん来るのに、わたしにはわたしにとっては16年が必要だったのかもしれない。あの頃は…。第四話はわたしにとってシリアス過ぎて、心の蓋を閉じていようとすることがわたしにとっての防衛だったのかもね。
あと…。ママ役のPatti LuPoneの歌はパワフルですごかった。この人のCD欲しい。

第四話/邦題「歌より大切なもの」

まず動画。冒頭。学校にある?ドライビングスクールでのシーン。

YouTube - Life Goes On ---Corky Behind The Wheel -----

学校にあるドライビングスクールでの自動車の運転の練習で、クラスメートの運転の練習を見ながら順番を待っているコーキー。コーキーの順番が来る。講師はコーキーを見るなりはっとした顔をして、そして優しく言う。キミには難しい、キミはスペシャルだから、と言う。それにステイツのパスは出ないだろ、と。コーキーがうれしそうに「パスはもってる」と差し出す(これは学科かなんかでパスしたってことなんだろうか…?)。講師は「Great!」と言って練習を許可する。車に乗り込むコーキー。講師が隣に乗るためにドアを開けろと言う。そこで、ミスがつながりこのシーンに(っつ〜か、コレっていわゆる昔の車だから起きる事故? ケツの力でパーキングからシフトは動かんだろ?)。
コーキーはひどく落ち込む。続く自己卑下。その自己卑下はがんばっているお勉強にも影響していく。
そんな中、ママの昔の写真が出てくる。ママはね、歌手だったんだよ。パパと出会ったのもママが歌手だったからだ。ママはスターだったのか…。
ママは、ママは、ボクがいるから、ボクがダウン症の子どもだから、だからママはママの人生を捨てたのではないか。コーキーはそう思い始める。
コーキー「You had a accident,didn't you?」
ママ  「No,I don't think so.」
コーキー「Yes,you did. (ママを見据えて)Me.」
この「Me」の一言でママは心臓わしづかみって顔をして、何も答えることができない。イライラしてしまい家族につい当たってしまう。その晩、眠りについたコーキーのそばで、コーキーが生まれたときの医師の告知を思い出す。
医師は言う。ベビーに会わせられない。ベビーはダウン症だった。話すことも歩くことも、自分で自分の世話をすることもできない。この子にとって適切な施設に入所させるのが一番いいことなんだ。医師の言葉に対してママは怒りにも似た表情で繰り返す。「I want to see my baby.」「I want to see my son.」
コーキーは、問題の出てきた学習のために、小さい子のクラスで補習することをすすめられる。コーキーは「I'm not baby!」と主張してそれを嫌がる。しかし、ふと思いつき、ママに提案する。「ママがミュージカルのオーディションを受けるなら、ボクはあのクラスで勉強してもいい」。
そのオーディションで。選ぶ側の責任者は歌手時代のママを知っている人だった。オーディションに合格というより、強く望まれてミュージカルに出演を依頼される。ベッカが、コーキーが、それを強くすすめる。パパもペイジも微笑んでGoサインを出す。ママはミュージカルに出演することになる。ママがママのやりたいことをやる。コーキーはうれしくて仕方がない。そのことはお勉強にもプラスに影響していく。でも…。ステージのリハーサル、スタッフのあり得ないミスの続出。ステージングにプライドと力量のあるママは憤懣やるかたない。
そのステージのいよいよ本番という当日の日中、コーキーは。学校に車で迎えにきてくれるペイジを待ってた。タイラーがオープンカーを運転して帰るのを見送りながら、ふと、ドライビングスクールの練習車に目をやる。ドアを開く。キーを回してエンジンをかける。アクセルをふかしてしばらくエンジン音を聞いている。そして。シフトキーをパーキングから動かした。車は暴走。木に激突して止まる。コーキーの起こした暴走による事故。コーキーは病院に運ばれる。幸い大きなケガには至らなかったものの、その日の安静を言い渡される。
今日はママのステージの日。でもママは「行かない」と言う。ママは家にいてコーキーの世話をすると言う。「ママ!」コーキーが言う、「ママはボクがいるから…」。
コーキー、あなたの存在はママの幸せなんだよ。ママは歌が好きだ、ステージが好きだ、でもね、それはセカンドなんだよ。ママはコーキーがベッカがパパがペイジが、ママはファミリーが一番なんだよ。
コーキーがママに歌って欲しいと言う。オーケー、たった一人の聴衆のためのパフォーマンスだ。ママは歌う、ママのステージ。ママは歌い終わってコーキーを抱きしめる、抱きしめながら声を出さず口だけで「I love you.」それがラストシーン。