急に母の体調が落ちた。幸いかかりつけ医がお盆休みではなかったので、連絡して連れていった。
診察、採血、心電図。
診察で、心音、貧血の有無などを診る。「基本的に問題はない。もろもろ出ていることは、年齢的にも夏の疲れだろう」「熱中症的な軽い症状もあり、八月の猛暑がこたえているのだろう」
「栄養状態が低下している可能性もある」
「今、自分で思っているより『もっと』食べて『もっと』飲み物を摂取してください」
「念の為に採血をしておきましょう」
心電図は「どうしますか?」と聞かれたので「わたしがとってほしいとお願いして」実施。軽い不整脈はあるが、経過を見られる程度のもので、初めてのものではないので、ここにきてどうのという変化でもないとのこと。
自宅から近距離の場所なのだが、たどりつくのに時間がかかった。受診で安心したためか、帰路はスムーズ。
帰ってゆっくり話す。怖かったのだそうだ。実際、体力が落ちていてしんどいというのはあったのだが。このまま自分は動けなくなるのだろうか、とうとう‥みたいな心理に落ちたらしい。
実際、ここのところ、同年やら年下の人やら、どんどん「自立した生活ができなくなった」話ばかり続いた。
一番多いのは、急に連絡が取れなくなって。連絡がやっととれたと思ったら、「母は施設に入りました」だの、「わたし、なんか施設に入れられたの」だの、そんなことになっていた。
- 老いには、ステップがある
- 少しずつ、できることが減り、できないことが増える
- ただ、その階段には必ず「踊り場」がある
- わたしたちは、銀座に行ったり新宿に行ったり、美術館に行ったり、いろいろ遊んでたよね。楽しかったね。
- でも、その体力は無くなった
- だから、近場のきれいなところによくランチに行ったよね。楽しかったね。
- 最近は、わたしが豪華なお弁当を買ってきたり、出前館をつかったりして、家でふたりできゃっきゃとしゃべって過ごす。楽しいね。
- ほらね、全てのステップに「踊り場」があって。わたしたちはその踊り場で充分楽しめる
- だからこれから、体力が落ちていっても、必ずその「踊り場」で、わたしたちは楽しめる
- 全ての「階段」を、わたしは手をとっていっしょに併走する
- わたしを信じてほしい、だいじょうぶ
気持ちは落ち着いたようで。お昼ご飯は、ちゃんと一人前を完食した。水分もちゃんと摂った。
二階にいったりきたりの階段がしんどい、というので寝具や必要なものを一階に下ろした。ゆったりできるスペースも作った。
92歳。余命数年を自覚する年齢であることはまちがいない。
元気でいても、未知の「死ぬまでの道」が怖くなる心理はあるだろう。
体調がすぐれなければ、恐怖は強くなるだろう。
認知症になっていくのは、生きるための生き物としての知恵なのかもしれない。
認知症にならない人間は、未知の「逝くまでの道」を見据える恐怖と共に生きなければならない。
わたしは、自分が90を過ぎるまで生きている感覚が無い。それでも、そこにはそうした恐怖と戦う試練が要るものなのだなと。
そんなことを、母を見ながら思い、「老いを予習」する。
娘の立場としては。秋にどのくらい、現状の体力を持ち直せるか。
そこを見て、今後のことをまた考えようと思う。
夜に電話したときは、その声は明るく。「また近いうちに行く」と言うと「いいわよー、暑いから」と軽く返してくる。
とりあえず、気持ちが上向いたようでほっとする。