リツエアクベバ

satomies’s diary

母の友達

母と電話。母の友達の話にいろいろ考えさせられる。

ジムお友達のひとりが、連絡がとれなくなった。電話をいつかけても何回かけても「電話に出られません、ぴー」と流れる。そうやってもう一週間以上経った。電話番号は知っているが住所は知らない。仲間のひとりが「心配だから訪ねたい」と、ジムに住所を聞きに行ったら断られた。

80代女性。一人暮らしではない、独身のお子さんと同居。既婚のお子さんとの同居がうまくいかなくなり、というながれでの同居なので固定電話はなし、携帯のみ。携帯は通話機能とカメラのみ使用。

「なんで息子さんは電話に出てくれないのかしら」
いや、家族でも他者の携帯は出ない人は多いだろうし、マナーモードになっているのかもしれない。

「何かあったのだとしたら、なんで電話のバッテリーはきれないのかしら」
充電器に繋げっぱなしなのかもしれない。

「最後に会ったときに、体調悪そうだった」
いや年齢が年齢だけにその心配はよくわかる。

なんとなくいっしょに遊んだりしている仲間が、ある日突然連絡がとれなくなることがある。この現実を突然思い知らされたらしい。仲間うちで慌てて現在の連絡先以外の連絡先を交換したそうだ。母はわたしの電話番号を渡す。お子さんがいない仲間もいて、そうした方はまた、その方なりの連絡を取れる人間の連絡先を渡したりしたそうだ。

このお友達に関しては「心配している、連絡がほしい」と便箋なり葉書なりに書いて、ジムに「送付して欲しい」と頼んでみてごらんと言った。個人情報として住所は教えられないだろうが、言付けることはできるかもしれない。ばあさんがばあさんを心配している。平日昼間会員は老人クラブのようなジムだから、お願いを聞いてくれるかもしれないよ。

母は、先月友人の葬儀に出た。このつながりとは別のつながりの友人だった。急に連絡がとれなくなり、同じつながりの一人が訪ねていったらご家族に闘病のことを聞いたそうだ。亡くなったのはそれから二ヶ月かそこらだったと思う。40年くらいの仲だったのでご家族がよくわかっていてくださって、家族葬に招いてくださったとのこと。

年をとると、人間関係に家族の支援がいる。そうしたことをしみじみ思う話だった。