リツエアクベバ

satomies’s diary

今日の光景

 今日は娘が参加するドラム教室の日、夕刻開始。メンバー全て知的障害者で、ドラムの先生を中心に、サックス、ピアノ、ボーカルなどという構成で「バンドやろうぜ」的な感覚を持ってやっているもの。位置づけは「障害者余暇支援事業」。娘以外全て「成人」の参加者。
 ボーカルの男の子にマイクを持たせて、先生が「ライブのノリでMCやってごらん」とそそのかす。この男の子、先生にこう答える、「千葉の幕張で最終ライブやらせようとしてるでしょ?」。
 「幕張」と「最終ライブ」というフレーズに先生爆笑。CDデビューして、その売上を結婚資金にする、というのが「夢」のこの男の子。いきなり「幕張」、いきなり「最終ライブ」。ボキャブラリーと認識にぶっ飛びがある情景が時々。なんともいえず楽しい。「幕張って、チケットノルマいくらだよ」と野次る。先生が笑いながら「一人百万くらいかな」と答える。
 地域作業所所属の彼ら。障害として(どこが知的障害なんだろう)というほどスムーズに会話をこなす人から、寡黙な人まで。知的障害の程度は、再重度という判定を持つ娘が「最高」。
 最近、このメンバーの一人が福祉的就労から企業就労に雇用が変わった。地域作業所ではなく「職場」に出勤して仕事をこなす。雇用として収入を得る立場になるということ。
 今まで上手にこなしていたサックスが吹けなくなった。まともな音が出せなくなった。本人もそれを自覚し、誤魔化すかのようにサックスから口をはずし、作ったような咳をくり返す。
 その、まともな音を出せない様を見つめる。軽くこなしていたかのように見えた今までが、熱心な練習の成果だったことを思い知らされるような感じ。そして珍妙な音しか出せなくなった自分というものに、メンバーの前で向かい合わなければならないきつさ、などを思う。
 そんなことを思っていたら、彼がちらっとわたしに視線を投げる。ああ、見ていなきゃよかった、と思った。見ていたのが見つかってしまった。彼のプライドにわたしの視線がどんな影響を与えてしまう部分があるのか、などとひどく後悔。
 レッスン終了。彼に話しかける。「なんかさ、すごく逞しくなったな、と思う。なんかかっこいいよ」。
 いや、真面目に正直な感想。以前よりきりっとした。これが彼が、障害という線で守られすぎない場に踏み出したってことなんだろう。
 「なんか、かっこいいよ」。この言葉に照れたような顔で彼がふっと笑う。小さな自信のようなものを垣間見られる顔。がんばってるんだな、と思う。いつも大事そうに抱えていたサックスを吹く時間なんぞを考えられないほど、がんばって日々を送っていたんだろうな。もう少し余裕ができていったときに、また上手なサックスを聞くことができるかもしれない。練習したいっていう余裕を、また持って欲しいなとは思うけれど、でも今日の照れたような笑顔に潜む小さな自信が見られただけで、今日は満足。
 グループホームに住む女の子、趣味でキーボードを弾く。一人で轢くのはいいのだけれど、みんなの前でピアノを弾くのは苦手だと、たどたどしく鍵盤をたたく。この女の子が「今週ずっと休んでたんだよ」と、そでをまくって腕を見せる。青紫に変色した痕。「てんてき」「ぜんそく」「夜、救急病院に行ったんだよ」。
 「まあ、苦しかったでしょう」と、思わず腕をなでる。「もう、全然へいき」と笑って答える。「ちょっとやせた?」と、こころなしかこけたような頬を見ながら言う。はにかんだように笑って「ちょっとね」と答える。
 楽器を片づけている人がいる中で、そんな会話を彼らと交わす。娘は片づけ始めているドラムを、まだたたき続ける。最後までたたいていたドラムを片づけられてしまって、ドラムスティックを振り回して踊る。今日も平和。