リツエアクベバ

satomies’s diary

時計


セイコードルチェです。1984年製だそうだ。革ベルトでしたが好きな色に変えた。ヨドバシで割引後に700円かそこらの革ベルトに替えた。元々は高級だったんだぞお的主張がある感じのベルトはすでに歴史を感じすぎる状態になっていたのでそのまま使うのはちょっとアレだったから。
父の、です。要介護状態になってから訪問医療を受けていたけれど、たまに車椅子で病院に行くときはつけていた。その頃は動いていたと母は言う。父が死んで、それから取り出してみたら動かなくなっていた。
父が死んで、姉がどんどん遺品を整理していった。これはいるこれはいらない、どんどん片付けてもらえるのは周囲にとってはありがたい。その処分する中にこの時計は入れられてしまっていたらしい。革ベルトボロボロだったし、そんな感じにはなっていたんだろうと思う。
父は。処分されたくなかったらしい。処分する中に入っていたはずなのだけれど、そこからこぼれてそっと家の中に残っていた。姉がオーストラリアに帰って随分してから、姉が処分する中に入れていたけれど、と、母がそっとそのボロボロの時計を取り出してわたしに見せた。うん、そうか。ならわたしが持って帰ろうか。と言った。そして実家に訪れていたその日、わたしはその時計を持って帰ろうとした。そうしたら。
突然、ぞくっとした。ぞくぞくっとした。父は、まだこの家に置いといて欲しかったらしい。そうかそうかと、父がその時計をいつも入れていた引き出しにしまって帰った。
それからまた随分経って。わたしが実家に行っていたとき。なんとなくその時計を出した。そして何の気無しにひっくり返して裏を見た。
刻印があった。父が勤めていた会社から表彰された記念品として贈られていた時計だとそこに書いてあった。そしてその贈られた日の年月日が、その手に取った日の30年前だった。わたしと父はちょうど30の年の差があり、父がこの時計を贈られた年齢が今のわたしの年齢だった。
そうか、この日を待っていたのか、と思った。そうかそうか、わかったわかった、と言って持って帰った。その日はぞくっともぞくぞくっとも、別になんとも感じなかった。
動いていないのは電池が切れているからだと、近くの時計屋に持って行った。「残念ですが」と時計屋は言った。電池交換では治らない、これはオーバーホールが必要だ、と言われた。メーカーにオーバーホールを発注しなければ動かない。オーバーホールには二万四千円ほどかかる。そして、今発注してももしかしたら間に合わないかもしれない。
(ずいぶん高くつくんだな)と思った。(どうする?)と父に聞いた。ぞくぞくもなにも感じなかった。これはオヤジたぶん遠慮してるんだろうと解釈した。「お願いします」と預けて帰った。
それからしばらくして、時計屋から電話がきた。「残念ですが」と時計屋が言った。もうメーカーにも部品が無く、オーバーホールができないとのことだった。
ダメだと言われれば燃える。絶対道はあるはずだ、と思った。型番片手にネットで検索し続けた。ダメ元で「応相談」と書いてあった横浜市の時計工場にメールを入れた。
「見てみなければわかりません、できたらお持ちいただきたい」
そう返答がきて、もっていった。どうなるんだろうこの物語は、と、どきどきした。
「ちょっと中を見てみますね」
そう言われて待たされた。どきどき。どんな答えが返ってくるんだろう。わかりました、ありがとうございました。そう笑顔で答える用意をして待っていた。そんなものだろう、この結末は。ここまでだってよくやったんじゃない?わたしは。
「電池を入れると動きますね。でも電池交換だけではかなり危うい。やはりオーバーホールは必要でしょう」。
おおおお、そういう展開か、と思った。電池交換してみたけれど動かないね、と、最初にそう言われたんじゃなかったのか、どういうことだよ父ちゃん。まあそれはそれ。それはそれなんだけど、オーバーホールってできないって言われたよな。できる前提で言ってるよね、今。あれれと思ったので聞いてみた。もう部品がなくてオーバーホールはできないというのがメーカーからの回答だったんですが。
「メーカーはね、もう部品無いですよ、確かに。ただね、メーカーが受注してくるうちみたいな工場には、まだ部品もってるとこがちょこちょこあるんですよ」
なるほど、なるほど、なるほーどなるほど。そして、メーカー発注より二割ほど安くなるんだそうだ。
こうして父の時計はよみがえりました。工場の人には、裏蓋はきれいにしてきちんとそのままにしました、そしてこの時計に「次」はありません、大事にしてください。しまいこんではダメです、ちゃんと使ってください。と言われました。非防水なのでいつもは使わないし雨の日のお出かけも使わない。でもしまい込まずに「はろー」と振り返ればあるような位置には置いてある。
というストーリーをもって、三回忌に間に合った。父ちゃん、いい父親ではなかったですよ。おい!という思い出は山程ある。でも、テメーがやったことさんざん棚に上げて、俺を絶対に助けてくれる子とわたしのことを信じてた。ばかやろー、ホントにそういうことになるんだよ。おれ、ちょっとよくやったと思う。それでもって緑のベルトに替えたこの時計、わたしにとってもよく似合う。