リツエアクベバ

satomies’s diary

八月が終わる

子どもの頃から思っていた、お盆が過ぎると夏は終わりに向かって走り抜けていく感じがする。暑いと思う感じも上り調子ではなく、飽き飽きしながら峠は抜けたなと思う。

八月が終わる。父の墓参りも、母のところに行くこともできなかった。

東京の感染者数が、一気に下がり始めた。本当に感染者が減っているのか、保健所パンクで濃厚接触者を追っていないからなのか、よくわからない。
公表する数字の中身が都合よく、実態とズレができているとしたら。
そうしたら、本当に戦争みたいだなと思う。

8月第4週のコロナ

数字

神奈川県

8月22日(日)2524 +509
8月23日(月)2579 -5
8月24日(火)1948 -69
8月25日(水)2304 +283
8月26日(木)2632 +292
8月27日(金)2662 -216
8月28日(土)2378 -327
※週合計で、467人増加

横浜市

8月22日(日)1046 +269
8月23日(月)1272 -62
8月24日(火)727 +61
8月25日(水)633 +253
8月26日(木)834 +102
8月27日(金)1131 +34
8月28日(土)1145 -172
※週合計で485人増加

横浜市のニュース

横浜市立学校 9月上旬は分散登校へ(tvkニュース(テレビ神奈川)) - Yahoo!ニュース

夏休み明けの対策についての発表。
「8月末まで臨時休校となっている横浜市立の小中学校では、9月1日から13日まで短縮授業に加えて分散登校」

学年ごとではなく、学級の中での分散にして、教室の空間を増やすらしい。

ワクチン

夫のワクチンが2回終わり、2週間以上経過。娘のワクチンが2回終わり、わたしと息子が1回終わり。

1回終わったひとが「1回だけでも少し安心」と言う。そういうものかと思う。正直、よくわからない。

なんか罹患に関しては、「当番が終わった感」がある。抗体とかそういうことじゃなく、単に「もうやったもん」的な。

でも、既感染者の抗体も、ワクチンも、実際のところあまり信用していない。あんなに対策していたのに、しかし感染した。だから「これをしたから感染しない」なんてことは、もう信じてはいない。
ただ、裸で外に出るようなことはしないということ。マスクも、ワクチンも。

副反応

金曜日に二回目接種。副反応なし。

わたし

土曜日に一回目接種。

  • 14時15分 接種。特に副反応無し。
  • 夕刻、ちょっと左腕が痛い。
  • 夜、左腕を上げると痛い。上げなければ気にならない。
  • 就寝、左腕を下にすると(痛いかな)とは思うが、特に気にならない。
  • 翌日、朝検温で平熱。左腕は、まあ痛い。しかしあまり気にならない。
  • 夜、なあんだ、副反応なかったねえ。と言いながら検温。37.3。

息子

土曜日に一回目接種

  • 14時15分接種。特に反応無し。
  • 夕刻、腕の痛みを訴える。
  • 22時、腕が痛いと言ってアセトアミノフェンを飲む。平熱。
  • 翌日9時、37.7。腕が痛いとアセトアミノフェン飲む。
  • 11:30、37.9。頭痛、腕の痛み、発熱、倦怠感。
  • 夕食を早めにとり、薬を飲み、一人暮らし宅まで車で送る。明日起きて熱が無ければ仕事をするし、あれば休むとのこと。

息子はコロナ罹患時、軽症。最初の一日くらいに37度後半の発熱があったのみ。あとは、療養期間中平熱、酸素濃度の異常もなかった。
もしかしたら、発熱以前に既に感染していて、発熱時がピークだったかもとも。

結局、息子の場合は「コロナ罹患よりワクチンの副反応のほうが症状がきつい」という結果になった。

わたしと息子の二回目は、9月18日。

初回ワクチンの日

なんだかんだと調べ、夫の初回の様子をうかがい。「既感染者のワクチン副反応」の情報を集めて、娘のワクチンに臨んだ。この不可思議な病気の、歴史の浅いワクチンの、その副反応を言語化してどこまで娘が伝えられるかと。

結局のところ、娘には強い副反応は現れなかった。初回に微熱、2回目は微熱も無し。腕を上げても動かしても、特に表情を変えず、痛いかと聞けば「いたくない」と答える。あとはにこにこと「ちゅうしゃ、がんばった」と「なおった」を繰り返す。

さてわたし。注射も医療行為全般も、とても苦手な弱虫。非常に緊張して初回ワクチンに臨んだが。「あれ?」という間に終わった。毎日毎日テレビで見せつけられていたあの、腕に小さな注射器でグンってやつは、本当に一瞬で終わった。

今日の午後、息子といっしょに受けに行った。そこそこレアな接種の形かと思うが「町内会の回覧で募集されて、町内会館に医師が来て接種」だった。

「事前にポカリスエットやOS1を飲んでおくと、副反応が出にくい」
出所のわからないこの噂を、どう思うかと息子に聞く。そんな誰が言ったのか都市伝説かとぎゃーぎゃー言う。ふうん、わたしは飲むけどね、と言うとオレも飲むと言い。娘と三人でOS1のパウチのゼリー飲料をちゅうちゅうと吸う。暑い日によく冷えたゼリー飲料はうまい。

そうやって備えて、緊張して、徒歩数分の町内会館に指示された時刻に行き、あっという間に接種は終わった。

副反応を話題にしながら、痛いか、まだ痛くないか、とか息子と確認し合う。隙を見て息子の腕の接種箇所を思いっきりひっぱたく。息子がぎゃーぎゃー怒り、わたしはおかしくてたまらない。娘がきゃっきゃと笑う。

夕食時に今日はアルコールは駄目だねと言いながら、ノンアルコールビールをがんがん飲む。

8時過ぎくらいに息子が「腕が痛くないか」と聞いてくる。たいして痛くもないのだが、腕を上げると痛みがわかる。息子はもっと痛いと言う。へー、とか言ってると叩いたからだと文句を言う。

10時頃に痛み止めを飲んでもいいのかと聞くので、けっこう痛いらしい。わたしはそうでもない。ふたりとも熱は出ない。明日は発熱があるのかな。

次々ワクチン

今日は娘のワクチン二回目接種。いよいよ二回目で、副反応どうなるかなと思う。熱が出るとしたらだいたい翌日の午後かなと思いつつ、熱をはかったり、腕を上げ下げさせたりする。
今日のところは熱もなく、腕も痛くないらしい。

明日はわたしと息子と、1回目の接種。手をだらんとさせて、力が抜けた状態がいい。というのは医師が言うので本当らしい。
「接種前にポカリを大量飲みすると、副反応の熱が出にくい」という話は、今のところ出所がわからない。
でも、明日たくさん飲もうと思う、ダメ元。

残り物

コロナの発症から入院までの数日間、起き上がれず、何も食べられなかった。ただ、OS1のペットボトルとゼリー飲料と、のど飴だけを口にしていた。高熱が続き、解熱剤で下げても時間がくればまた上がる。療養サポートから「とにかく水分をたくさん」と言われ、なんだか必死にOS1を飲んだ。
ずっと苦い薬が口の中にあるような、そんな苦味が続いていて、ひっきりなしに飴を食べ、ゼリー飲料を飲んだ。

OS1のペットボトルを箱買いし、その後OS1のパウチと、ビタミン入りのゼリー飲料を追加で箱で注文した。届いた頃には入院していた。たくさん残っちゃったよ。

さて。OS1のペットボトル。これは退院後のまだ本調子じゃないころにけっこう飲んだ。でもまだ残っている。パウチの方は6個詰めの一箱がまんま残った。
ゼリー飲料の賞味期限は来年の秋なので余裕はある。OS1はどちらも今年の11月が賞味期限。

明日、娘が2回目のワクチンを打つ。あさって、わたしと息子が1回目のワクチンを打つ。
この週末、熱が出ようが出まいが、OS1を消費しまくろうかと。
今年の11月までに脱水しかねない病気になる可能性は薄いかなと思う。ワクチンはコロナ後在庫のもろもろの消費のチャンスかもしれない。

パラリンピック開会式

パラリンピックの開会式が昨日、あった。素晴らしかった。
ストーリー性のある演出は演劇的で、多様性を飲み込みながら、自分の人生を活躍するということの体現のように思った。

コンセプトが一貫してぶれないのは、余計な声が入らなかったからだという話があった。やれ俺の知り合いを出さなきゃだめだ、やれアタクシの支持母体の出演をとか、馬鹿馬鹿しい話が次々に出てきたオリンピックとは違う。利権大好きなひとたちには旨みがないのか、パラリンピックは。
いやそれでいい、せいせいする。

「片翼の飛行機」は、障害を現すだけとかそんな狭いものではない。人生において、翼を失うような出来事や経験はいくらでもある。
しかし、「WE HAVE WINGS」。いつだって飛べるはず。

わかっていながら、踏み出せない。そこでデコトラとかロックとか布袋さんとか、心ぶち抜かれる。
心の翼が傷ついたときに、自分の中にデコトラを行進させなきゃなと思った。