リツエアクベバ

satomies’s diary

3月13日 (3/27記載)

震災から二日目の日曜日。息子は部活に行く。
前日のガソリンスタンドの売り切れ状態で、当分ガソリンは入れられないことを覚悟する。まだエンプティには余裕がある。でも、どうやっても車が必要って時にガソリン危ういという事態は避けなければならない。
娘が「かいもの?」と聞く。娘が「あかいくるま?」と聞く。車で買い物をしたい、と。この人は「あかいくるま」で「かいもの」に行くのが大好きなんだ。でもね、ちぃちゃん。
「ちぃちゃん、『あかいくるま』はダメ。『あかいくるま』はね、ごはんが無いんだよ。だから歩いてお買い物に行こうね」。
いっつも思うんだけれど。この子に必要な単語をしっかり入れてないことをこういう時に実感する。ガソリンスタンドには連れて行く。ガソリンを入れるところを見たことがあることは多い。でもその時に、「これはガソリン」「ガソリンを車に入れる」「車はガソリンで動く」と娘に説明したことはないんだ。娘の言語能力は高くない。見聞きするだけで理解し、習得し、使いこなせる「単語」には限界がある。ガソリンを入れに行くときに「これはガソリン」「ガソリンを車に入れる」「車はガソリンで動く」と娘が「ガソリン」という音を聞こえやすいようにしっかり説明しておけば、なんてことはないことではある。つまりは「特別に支援した教育」が習得に必要な単語が存在するということ。ただ、そんなことをしなくても生活は動く。そうやって無意識に娘を置き去りにしながら生活していることを、こうして時々思い知らされる。娘も息子も小さい時に「くるまのごはん〜」とか言ってたことに頼っちゃいけない。娘はもう19歳なんだぞ、しっけいな。はい、すみませんごめんなさい、わたしが悪い。次回ガソリンを入れに行くのに同伴させた時には、しっかり教えてやらねばなるまい。ちぃちゃん、ごめんね、わたしが悪い。
そういえばこの手のことは、時々息子に指摘される。おかしいよ、変だよ、と。そうだ、きょうだいの立場の人にコメントをいただいた時に、その方もこの手の「これは変だ」が家庭にあると、そういう記載があった。きょうだいは親の「慣れきってしまった変」を修正してくれる貴重な存在でもあるとも思う。
この日、息子の部活が終わってから彼の所用に同伴する約束があった。駅で待ち合わせることに。駅までか…、とキロ数とか燃費とか計算。なんぼのもんでもないのに、娘は車に乗りたがってるのに…、と迷う。いや、どの程度ガソリンを消費するとかじゃない、ガソリンを使わない生活という意識を持たなければ。あの大震災の翌日でガソリン売り切れならば、相当な日数は覚悟しなければならない。ダメダメ、車はもう当分は使えない。
この決断は、かなり正しかったとその後のガソリン難で思い知らされる。「時間使って並べばなんとか入れられる」という話も聞きはしたけれど。それは必要な人が必要に迫られて入れるわけで、わたしが並んではいけない。誰かのガソリンを横取りしてはいけないのだと思う。
息子につきあって所用を済ませ、スーパーに寄る。娘が「お買い物」に行ったときに必ず欲しがるお決まりのものを買うために。「他に買い物は無いの?」と夫が聞く。「特に無い」とわたしが答える。いつも週末や翌週の前半に必要になるものについて、わたしはいつも金曜日に「ごそっと」買い物を済ませてしまう。ただ今回は金曜日に外出の予定があったために木曜日にその買い物を済ませてしまっていた。生鮮食品も冷蔵庫にいっぱいあって、そのことで地震後の停電中に泣きたい気持ちにはなったものの、季節が季節であったためにしっかり保存されていたことも確認してあった。翌日のパンを欲しかったということはあったけれど、土曜日に「スーパーからパンが消えた」現象は確認したので、「当分は朝食はご飯」の宣言済み。
アホな一家はスーパーの中のパン売り場に移動して、「ほうら無いねえ、すごいねえ」とがらんとした棚の景色を見学する。息子が「コンビニの棚がどこもガラガラですごいよ」と言う。はい、もう朝食はご飯ね、ご飯。そんな感じだったのだけれど。
でも、駅までの風景も駅あたりの風景も「そんなもん」だった。未曽有の大震災も、遠く離れた場所では、こうやって日常に戻って「平和な光景」になるんだな、と。報道の向こうにある現実から見たら、ずいぶん理不尽なことではないのか、とか、そんなことを思いながら、地震があった金曜日からゆっくりと日常に戻っていこうとする街の景色を眺めてた。