娘が30歳になった。
わたしは25で結婚した。子どもをもつこと自体に疑問をもっているところはあった。しかし子どもを持たない人生を選択する勇気もなかった。出した結論は29歳で妊娠して30で産むという計画。それまで好きに生きることにした。30歳の秋に出産すれば、翌春の保育園就園にも有利になるだろうと思っていた。
全て計画どおりに進んだ。わたしは29で妊娠し、30の秋に娘を産んだ。タイミングは計画通りだったが、生まれたのは先天性の心疾患を合併症にもつダウン症の赤ちゃんだった。
生後1ヶ月のときに体重増加不良で入院し、2ヶ月のときに院内感染で肺炎になり。重症化して人工呼吸器が挿管された。
心疾患の根治手術が「3歳までに」「一歳を待てずに」、そして「追い込まれて」生後3ヶ月の終わりに行われた。
人工呼吸器挿管の時に主治医が言った。「この状態で、私たちにはいい思い出はありません。ただ、今すぐに近しい人に連絡してくださいということではありません」。
アンタんちの赤ん坊、かなりヤバいからねという話なわけで。この段階でわたしは仕事に復帰する考えを捨てた。
心臓の手術後、娘はなかなかICUを出られなかった。のぞき窓から眺める面会しか出来なかった。生後2ヶ月のときに人工呼吸器を挿管されてから、娘はずっと保育器の中で昏睡していた。手術を受けたらのぞき窓だ。次に抱ける時、わたしはこの子と他の子の見分けがつくのか不安だった。
手術から1ヶ月、やっと一般病棟に。ああこんな顔をした赤ん坊だったと、やっと何も管がついていない娘に思った。
そして、この子が生きていくということが、もう揺るぎない体になったのだと思った。
娘は30になった。わたしは30で娘を産んだ。わたしの人生は、今日から「娘と出会ってからの年数」がそれまでのわたしの人生を超えていく。