リツエアクベバ

satomies’s diary

最後の自分

今日、親戚から「お花代」が届いた。

舅が死んだ翌日、新潟から新米が届いた。「ありがとうございます」と電話したときに「あのね」と話した。「昨夜、舅が死んだの」。話したかったから話したんだけれど。

今日、お手紙と「お花代」が届いた。すぐに電話してお礼を言い、お話しする。「あのね」。わたしがあの日、ばたばたしていたときにお米が届いた。毎年いただくのにそのタイミングがぽんと胸にひびいたのだ。それでそのままお話ししてしまったの。気を遣わせてしまって申し訳ありませんでした。

「お花代なのよ」と、相手が言う。ひとまわりほど上の女性。「お花代だから何もしなくていいのですよ」。「たぶんね、みちこさんがタイミングを合わせたのよ」。

みちこおばさまはもうとうに亡くなっていて。わたしのことをとてもかわいがってくださった。お米はみちこおばさまの弟さんの田んぼでできる。みちこおばさまの婚家を継いだ方が、引き継いでわたしにお米を送ってくださる。

「あのね」と話す。舅はきれいな年寄りだった。世話になるね、ありがとう、ご苦労さま。わたしは。きれいな年寄りになる自信がないな。いろいろ化けの皮がはがれることにコントロールできなくなったら怖いなあ。

「あのね」。おうちで死ぬって、こんな感じだった。延命をするとかしないとか、こんな感じだった。わたし。なんだかすごく勉強したような気がするの。

そうかそうかと聞いてもらう、ありがたいわ。お花代は「かわいく受け取らせていただきます」。明日、舅の仏前に持っていく。