リツエアクベバ

satomies’s diary

お詐欺なおとしごろ

近所を歩いておりました。まっすぐな広い道でありました。そのまっすぐな道は車が行き交う道とのT字路に突き当たる道でした。そのT字路の向こうには、去年できたばかりの高齢者の施設がありました。その施設の概要はわかりません。2階建てで個室が並んでいるのが表からわかる。少し大きめのコーポ、ちいさめのマンション、でも入り口が大きな集合住宅みたいな、そんな感じの建物でした。
わたしはT字路に向かってまっすぐに歩いていました。T字路のところに横断歩道がありました。そこで向こう側に渡っていこうと思っていました。それでわたしはまっすぐに歩いていました。
まっすぐの向こうに、誰かの視線を感じました。T字路の向こうに部屋が見えました。部屋のカーテンが少しだけあいていて、帽子をかぶったおじいさんが立っていました。ニットの帽子です。おじいさんがかぶっているので、要するに三角の毛糸の帽子です、ラクダ色みたいな、そうそんなヤツです。
帽子を被ったおじいさんは、立ってこちらをずっと眺めていました。おじいさんは窓からずっとまっすぐ前を眺めている。わたしはそのおじいさんの方向にまっすぐ歩いていました。おじいさんとわたしの間にはそこそこ距離があったので相互に「単なる景色」と流すのは、それはできたと思います。でも。
でも、なんとなく、いまさら視線をはずすのもなんじゃないか?とわたしは思いました。それでわたしは、ちょっと遠くのその帽子をかぶったおじいさんに笑顔を向けて軽く会釈をしました。わたしからは帽子をかぶったおじいさんの表情は全くわかりませんでした。そんな距離、そんな明るさでした。
わたしが笑顔でちょっと小さく会釈をしたら、帽子をかぶったおじいさんは片手をひらひらさせました。会釈をしたわたしに手を振ってくれたのです。わたしはうれしくなりました。うれしくなったので、わたしは両手を大きくひらひらさせました。
ピシャ! すぐ近くではないですし、音が聞こえる距離でもありません。でも、そんな音が聞こえたような気がしました。そんな音が聞こえるような素早さとスピードで、カーテンが閉められました。そこにはカーテンがきっちりしめられた窓があるだけでした。
悲しかったです。女性性として男性性に気をつけなければならない時代を超えて、もうすっかりおばちゃんです。何も怖がらずに素直に両手を広げてひらひらさせられる年齢になったという自由を謳歌していました。でも。
気がついてみればというか、そうかと思いました。そうした施設の窓の向こうにいる方にとって、わたしはどんぴしゃでお詐欺なお年ごろなのではないかと。優しく近づいて墓だの印鑑だのの契約を誘う女の人、そんな人がニュースだのワイドショーだの週刊誌だのに出てくるのを見たことがありますが。たぶんそういう危険人物に近いような年代、犯人像に、わたしは近くなったのではないか、と思いました。
まあ実際、なんであのおじいさんがあんなに傷つくタイミングでカーテンを閉めたのかはわかりません。同じような時間に同じ場所を歩くことはよくありますが。そのカーテンが開いていることを見たことはありませんし、帽子をかぶったおじいさんを見たこともありません。わたしは、わたしは。手を振ってくれたのがうれしかったんだけどな。