リツエアクベバ

satomies’s diary

息子の礼服

息子に関して、大学受験が終わってからすることのひとつに「スーツを買うこと」というのがあった。年が明けてから、次から次へと量販スーツ屋からダイレクトメールも来ていた。入学式に着るものを作るんだそうだが、どれがどういいんだかさっぱりわからん。そこでAO入試で早めに進路が決まった子のかーちゃんに聞いてみることにした。
「スーツもう買った? どこで買った?」
ここで返ってきた答えは「スーツと一緒に買うと『礼服半額』の店で買った」というもの。「うち、年寄り、いろいろ危ないからね。制服もなくなるし、半額の時に作っておかなきゃね」。
そうかあ、なるほどなあと。うちも今日明日に誰か死ぬというほどの状況はないけれど、確かにすでに80代の舅と実父に加え、めっちゃ元気とはいえ実母も80代に突入する。こういう機会でもなきゃ「早めに買っておく」理由に欠ける。いやいやいやいや、娘も高等部卒業の時に黒のスーツを作ったんだった。やっぱり必要だよねえと思う。
ダイレクトメールがきていたチェーン店をちょこちょこと覗き、一番接客が丁寧な店を選んだ。そして、スーツと一緒に礼服も買った。「そんなに買い換えるものでもないので、少しいいものを」買うことにした。次々試着する息子に「サイズ変わるなよ、これでアンタの友達の結婚式くらいまでいけそうだよ」などと言いながら選んだ。
礼服も一緒に買うというとお店の人がいろいろアドバイスをしてくれた。「このタイプの靴は葬儀には合わないが、これだったら葬儀にも通常にも履ける」「このベルトはバックルが光るから葬儀には向かない。上着を着ていればそうそう見えるものでもないけれど、同じ黒ならこちらの方が両方使える」。なるほどなるほどとありがたかった。いろいろチョイスしながら「突然何かあっても困らないように」黒ネクタイや靴下まで揃えてしまった。
いつ使うかわからないが、きっといつか必要になるだろう。そう思ってこの時息子に礼服を作った。その礼服を息子のクローゼットにしまってからまた取り出すまでに、一ヶ月も経たなかった。要介護の状態だったとはいえ、実父の死はあまりにも突然だった。何かを用意するとか覚悟するとか、そんな時間も無かった。ただ、葬儀の準備に関して、自分の家族の準備について何も心配することはなかった。何もかも揃っていた。そもそもそこまでというか、そんなつもりでもなかったが、礼服の準備というものはそんなものかもしれないなとも思った。