リツエアクベバ

satomies’s diary

お迎え

停電した街を歩くのに「くるくるラジオ」をカバンに入れた。くるくる回すと充電できるラジオと懐中電灯のついてる震災グッズ。途中、近所の子に会った、息子の同級生の子。同じ制服の子が5人だか6人だか固まって歩いていて、その中のひとりが「こんにちは」と挨拶した。なんか不安な中に元気よく挨拶してもらって、こっちも元気よく「こんにちは」と挨拶を返した。すれ違いながら(あの高校の子、なんでこんなにたくさんいるんだろう…?)と思った。一人合格が出れば大手塾の広告に顔写真付きで合格体験が載るような高校に行った子で、ウチの近所じゃあの子だけだったはずなんだけど、と思った。後でそうかと思ったのは、1時間も歩けば交通機関を使わずに歩いて来られる距離に住んでいるので、多分帰れないだろう友人を連れ帰ったのだろうと。いわゆる横浜市内トップ校の中の一校だから遠くから通う子も多い。この時点で交通機関が全て止まったことにわたしはまだ気づいていなかった。会った時刻から考えても、あの子は歩いて帰ってきたんだろう。
駅に近づいていくと、混乱する人々の姿が見えてきた。信号は消えていて、車も渋滞していた。前方から声をかけられた。同じ作業所に子どもを通わせる友人が、自転車に乗ってこちらへ向かってきた。作業所へ様子を見に行った帰りだそうで「何年ぶりかに自転車乗った、車はすごい渋滞していて自転車の方が早い。送迎を始めるってことだったから頼んできた」って言ってた。そうか。ここから急にわたしの足が早くなった。娘にもうすぐ会える、と思った。早く会いたい、と思った。
息子に「無事か、こっちは無事」とメールを送ったきり、連絡は取れてなかった。電話を何度かかけてもつながらない。道中に一度だけ息子からの電話がつながり、声を聞いて話すことができた。電波の状態が悪くすぐに声が聞こえなくなったが、元気な声を聞いてとにかく無事を確認し、安心する。「そっちの声が聞こえなくなった。こっちの声は聞こえるか? 一度切ったら次にいつつながるかわからない。メールだとなんとかなる、メールを送れ、こっちも送る」と告げて電話を切る。それから少しして息子からメール、部活の先輩のおかあさんが車で送ってくれるとのこと。そうか、今日は合格者説明会が学校であった。中学が一緒で部活も一緒のあの子のおかあさんはPTAの本部役員で、今日は午前中から学校にいたんだろう。わたしが直接知ってる大人のそばにいてくれることがとてもこころ強くありがたかった。
そんなこんなで娘の通う作業所にたどりついたら、当の娘はいなかった。「タッチの差で」すでに送迎車に乗って出発していた。「自宅まで送り、留守なら戻る」ということで利用者全員を車4台に分乗させて出発したとのことだった。「行き違いになると困るから、ここで待機させて欲しい」とお願いする。もしかしたら実家の方に連れていってくださるかもしれない。どちらにしても連絡手段が無い以上、待機した方がいい。
薄暗くなってきた中、施設の中の大きなテーブルのそばの椅子に座る。テーブルにはライトと一緒に地図が並び、全員の帰着先を回るコースを検討しまくったのが見るだけでよくわかった。信号が消えている中、「何かあったらすぐ止まれ、何かあったらコース上の小学校を目指してそこに避難しろ」という指示だったそうだ。混乱混雑の中、一人一人迎えに来るより回った方が確かに早い。わたしのように行き違いになった場合、待機してればそれでいい。
送迎車が一台帰ってきた。無事、自宅に送り届けたとのこと。そのまま少しお話ししていかれる。居住のマンションの4階から12階まで壁にヒビが入ったとのこと。まいったな、まいったね。ひとしきり話してから帰られる。
所長が「腹減ったな、ポテチがあったな、食べませんか」。いやいやわたしは出発前に景気づけにパン一個食ってきたから、遠慮しないで食べてくださいと言う。遠慮無く目の前で食べて欲しい。つーか、食べて食べてと言ってるだけで何かをふるまえるわけでもない。所長の様子を見ていれば、本人たちの前でどんなにか落ち着いて対処してくれたかがよくわかる。
すごいなあ、すごい。なんかちゃんと動いてて、危なげない感じがどこにも無いと言うと、「なーに、利用者さんたちがいたからですよ」と笑って答える。「彼らがいるからね、さあてどうしようか、って腹すわるんですよ。彼らがいなかったら職員たちだけだったらきっとみんなオロオロですよ」と笑う。いやいやこの人は、さらっとした顔をしながらいつも実に目が細かい。そして飄々といつも腹がすわっている。なんつーか、並の人間じゃないぞ、という感じがする。
暗闇の中、別の方がお迎えに来た。懐中電灯を持って一時間かけて歩いて来られたとのこと。「わーい、待機仲間〜」と迎え入れる。また送迎車が帰ってくる。「全部停電してるわけじゃない、地区で違う」と帰ってきた職員さんが言う。送って行く先で停電してないところがいくつかあった。ここのあそこのほらあの道の、あそこを境に向こうは普通に灯がみえて、こっち側はもう真っ暗。えええ、そんななんだ…、と思う。
娘が乗った送迎車から電話がつながる。自宅には誰もいない。ただ送迎のドライバーさんが夫の実家の場所がわかるというのでそこに連れて行く。了解です、と話しているところに、わたしの携帯に息子から電話が入る。「家のそばで車を降りた。もうすぐ着く」という息子に、迎えに行ったわたしは行き違いになったことを告げ「ちぃちゃんがおばあちゃんちに行ってる、アンタもそっちに行ってて欲しい」と伝える。「停電で真っ暗だから気をつけるように」と付け加える。
携帯の電話がつながりにくくなっている状態で、再度、「実家に送り届けた」旨、連絡が入る。「ありがとうございました、お世話になりました」と頭を下げて、わたしは再び徒歩で帰路につく。作業所を出た時点でカバンから懐中電灯を出さないと歩き出せないほど、街灯も家の灯も見えない町は真っ暗だった。