リツエアクベバ

satomies’s diary

前日

坊やの高校受験、いよいよ明日で終わる。明日の入試が終わって結果が出るまでは8日間あるけれど、もうそれは「待つ」だけで何をするわけでも何ができるわけでもない。長いストーリーが明日でいよいよ終結を迎えるんだなあと。待つ間や結果自体は彼のドラマのエピローグってことかなと。
今日は中学は午前中で終わり。弁当作って用意して、午前中から娘の特別支援学校へ。ばたばたと帰宅したら、黙々と予想問題の過去問をやってた。国語の問題を見せられる、「ねえ、これ、この古典の問題、難しいと思う?」
この子は古典の問題は完全に当たりはずれがある。登場人物が多い文章はキツい、少ない文章はなんとかなる。全然取れないかパーフェクトに取れるか、ってとこで数値としての得点には大きな差が出てしまう。
差し出された問題文を一読して「ああ、これはアンタには難しいね」と答える、難しいかと聞いてくるってのは多分できなかったんだろうとも思いながら。自分にとって難しいという部類のものには、ここに来たらもう精神的にもっていかれなくてもいいよ、って感はある。自分にキツい問題に対してどうのってよりも、確実に取れる自信が揺らがない問題に対してケアレスを生まないことって方が今の段階では大きい。明日の入試本番では国語は二時間目、得意の数学は三時間目、国語の出来の不安に引きずられる方が危険だと思う。
いやしかし、と思うこと。高校受験する子はこんなにたくさんの古典の文章を中三のときに読んでいるんだなあと思う。こ〜れは、私学の中学から高校へ進学する子とは確実に差が付くんだろうなあと思う。数年間分の過去問、予想問題、模試、かなりの分量になるだろうなあと思う。私学の中学の子が教科書程度しか古典を読んでない時期に、これはかなりの差がつくんだろうなあとか思う。
おとといは同級生がくれたという数学の予想問題をやってた。別の塾に通う子で、そっちの塾でもらった予想問題だそうだ。「なんでコレくれたの?」と聞くと、「知らない」と答える。「いるか?って聞かれたからいるって答えてもらっただけ」ってことだった。きれいな状態で問題用紙と解答用紙と模範解答がセットになっていて、アンタのために一部余計にもらってきてくれたんじゃない?と思わないでもない。
これをくれたのは、前期入試のときにやたらに何度も面接のコーチングをしてくれていたらしい、クラスの中でも成績のよい子。「いるか?って聞かれたからいるって答えてもらっただけ」以上の相手の真意がどーたらってことに関心もつのは普通じゃねーか?ってのは、要は女の子の感覚なのかな。男の子でもキャラの違いはあるんだろうけど、どうもよくわからん。この「もらった数学の予想問題」では満点近い好成績になり、寸前のメンタル的には大吉。(あの子はこのあたりわかっててくれたのかな?)と、つい深読みになるかーちゃん。この子がくれたのは、数学だけ。国語をくれたわけじゃない。土壇場で気持ちにポジティブを与えてくれた機会を作ってくれたことにそっと感謝。
いよいよ明日は決戦当日。試験終わったら帰ってきて、即学校に行くんだってさ。部活に出るんだって。前期入試で合格決まって後輩の練習見に行ってる子が「明日終わったらすぐ来い」って。その誘いに乗って飛ぶように帰ってくるらしいよ。明日は決戦当日だけど、この子は一人で戦ってるわけじゃないんだな、と思った。
さて、午後から塾に行ってもうすぐ帰宅。今夜はすき焼き。テレビ見てあははと笑って、とっとと寝ちまえの予定。