リツエアクベバ

satomies’s diary

ため息出るよ

はあ。ふう。はあ。ふう。ため息ばかり出てくるよ。来週から娘がまた現場実習。そのための先方との面接が木曜日にあった。
今回の実習先に具体的な不安があるわけじゃない。本当に小さなことなのだけれど。先方の職員の方が面接中に一度も笑顔らしい笑顔を見せてくれなかったこと。ただそれだけ。それだけのことが、自分になんか緊張を生んでいくのがわかる。
だいじょうぶですよ的なことを言われたいんだろう、と思う。そういう顔を望んでいるんだと思う。それがかなわなかったということで、そのことで自分が勝手にざらざらという思いをしていること。そんなことがよくわかる。
別にやたらとにこにこすることを相手に要求しているわけでもないと思うのだけれど。保育園に入れるときも小学校に入れるときも今の特別支援学校に入れるときも最初の実習に入れるときの面談も、にこにこしてくれてたよなとか思う。そしてそういう「顔」で、自分が励まされていたんだなとか改めて思う。
「顔」が真実を語るわけではないけれど、自分の中に相手に求めるものという要素がここでひとつわかるような気がするような思い。わたしが相手ににこにこしていて欲しいんだろうな。でもな、現実現在の福祉的就労の場なんてものは、どこだって満杯状態で一人入れるのだって難しい状況はアリアリ。しかもどこの現場も「不況で受注できる作業が激減」という話が出てくる。そうそう実習ごときに笑顔をふりまいてもいられないとこもそりゃあるだろうとも思う。
本人は。前回の実習中に「がっこう?」と何度も聞いて実習中に学校に戻りたがったのに、「じっしゅうへいきます、がっこうはいきません」と言っていて。アンタはエラいなあとか思う。それと今回は実習前半の数日、びたっと終日担任が現場に入ってくださる。そういう意味では前回より緊張しなくていい状況なのだけれど。はあ。
友人と久々に会う約束。横浜駅の近くで会って、昼飯食いながらなんだかんだとお互いに近況報告。わいわいと笑えるネタでわははわははとひとしきり笑ってからさ、実習の話。あのさ。不安なんだ、わたし。あのさ、養護学校ってのはさ、学齢の障害児にとっちゃまあ、最後の受け皿ってとこになるんだな。ここに来る子の障害うんぬんってのは、学校の中でどう教育されるかとかどう支援されるかとかそういうとこにあるわけで、その障害自体を問われるわけではない場なんだろうなと思う。そこにどっぷりとこの5年間つかってたってとこなんだろうな、自分。とかなんとか。
黙って聞いてた友人が、今度の事務所は横浜に近いからぶーとかふうとか思うときはとっとと呼び出していいから、と言う。うんわかったありがとう、とか言いつつ、手を振って別れる。はあ。卒業までの試練だな。