リツエアクベバ

satomies’s diary

仲良しさん

部活の試合(2008年9月15日更新分)

日曜日、夫に先日の息子の部活の試合のことを話す。いや、試合の大体は話していたんだけれど、ちょいと「ねえねえ」言いたいことがその後に出てきていたので。

あのね、体育館の中にコートが三面取ってあるの。4つの中学のバドミントン部がいて、応援の部員も含めてその体育館の中にたくさんいるの。あの子の試合のときはコート際で見てたけど、それでも邪魔にならないように下がったとこで見てたんだよ。
ちぃちゃんが試合見て、「すごおい」って言ったの。で、ちぃにはそのときにそかそか言ったんだけど。ああそうだって思い出して、おとといそのことをあの子に言ったんだよ。「ちぃちゃんがね、アンタの試合見てて『すごおい』って言ったんだよ」って。まあ、ふと思い出して言っとこか、的な、そんな軽い気持ちみたいなとこで言ったんだけど。
そしたらね、そこで返ってきたあの子のリアクションにわたしものすごくびっくりしてしまったんだけど。え? なんだって? アンタ今なんて言ったんだ? って。
あのさ、あの子、なんでもない当たり前のようなことを言うように、ごくごく普通にさらっと言ったんだよ。「知ってる」って。「聞こえた」って。
「知ってる」って、「聞こえた」って。あのさ、試合中にあの子に聞こえるわけないんだよ。ちぃちゃん聞こえるような声でなんて言ってないんだよ。しかもコートのアイツからはかなり離れた場所にいたんだよ、わたしたち。それでもってちぃのこの声だよ?(この子の声はけっこう小さく、そして簡単には聞き取れない言葉も多い)。
それがさらっとさ、さらっと言うんだよ「知ってる」って。「聞こえた」って。どうやったって物理的に「聞こえる」はずがねーんだよ、あの体育館の状況ってのは。なんなんだコイツら、なんなんだこの子たち、って思った。
なんかさー、そこらの感動ドラマなんてものが裸足で逃げ出すほどのびっくりだよ、わたしにとってはさ。

なんなんだろう、なんなんだろう、なんなんだろう、と思う。息子にとってこの「姉」とはなんなんだろう。知的障害をもつきょうだいというものを知らないわたしには、実際のとこ、実はよくわからない。
たぶん、だけれど。いやわからないけれど。息子にとってこの「姉」とは、絶対に自分を否定しない存在なのかもしれない。だから試合のときに自分を見ているのなら、それはこの「姉」の「すごおい」ってのが聞こえるってことなのかもしれない。
試合は負けたわけだしね。いいとこも出たけれど、ミスも多かったし、力不足だったし「負けた」わけだ。とてもくやしがってた。でも、この子にとってはこの「姉」の「すごおい」ってのはすとんと入ってるんだな、と思った。
つーか、いや、わたしはマジでびっくりしましたよ、ホントにね。