リツエアクベバ

satomies’s diary

場と人と

東京在住時に「横浜にこういう人がいる」ということは、ほんの少し知っていた。その後横浜に来て、実習ありワークショップありの障害系の大がかりな講習会に参加して、講師として出会う。ああ、この人か、と思う。
その後、娘の学校の進路に関しての講演会で、再び講師として出会う。そこで著書が販売され、とっとと買ってサイン本にしていただく。
帰路、娘の学校から最寄り駅まで歩く中で。とてもじゃないが待ちきれず、歩きながら読む。小学校に入学後、低学年の頃から歩き読みはやっていたのでテクとしてはお手の物。歩き読みをアリーちゃんに見つかって笑われる。だって電車の中まで待ちきれなかったんだもの。
この方、横浜市にある知的障害者の団体のトップ。その団体は全ての面に関して有名。当たり前じゃ、親分が親分なんだから。
でも娘の進路の希望先としてはわたしは選ばない。その施設がある区はこうした施設自体が少ない。この区の在住の人が進路先を決めていくのに困難があることはしょっちゅう聞く。
うちの区と生活圏である隣の区と。ここはそうした施設が多い。電車での単独移動が可能な娘は「選べる状態」にいると思う。その環境で、自分が通えるからといって、施設が少ない地域を「荒らしに行く」ことは、そりゃ人道上違うだろうと思う。
でね、あのね。今もっとも娘の進路先として片思いに胸を焦がしている施設はね。この人が作ったとこなんだよ。設立時に施設長だった。この施設を建設するためのエピソードは、その著作にも出てくる。
ただ。土地を提供して作ったというその施設の元々の主と、方針が合わなかったんだそうだ。ここでは自分の理想は作れないと思われたのだそうだ。
でも。この方の作ろうとしたことは、この施設で生き続けているんじゃないかと思う。方針で合わなかったことが次の施設で次々と展開されているのかもしれないけれど。それでもやっぱり、施設が少ない地域を「荒らしに行く」ことは、そりゃやっぱり違うと思う。
そして。何もかも誰かに頼るわけにはいかないと思う。この意中の施設を実際に娘の進路先にできなかったとしても。この方が横浜に蒔いた種はあるだろうし、そして他の施設も地域作業所も、独自の理想を抱いているんだろうと思うし、それは信じたいとも思う。
そうやって、いろんな人が蒔いていった種が自分の中にどう影響していくのか。結局どんな選択になっても得られることはそこかな、とも思う。
なんてこと、またサイン本の著作を再読しながら思う。