リツエアクベバ

satomies’s diary

施設見学

 行ってきました。バス乗って。出かける寸前までなんだかんだ考えたり、閉じようとしていたパソコンのRSSに呼ばれてngmkzさんとこ読みに行ってブクマして。ふむふむふむふむしていたらバス一本乗り過ごすことになって遅刻ギリギリになってしまった。
 っつ〜かngmkzさんは「アートから福祉の人になった人」なんてことをわたしんとこのコメント欄に書いてたら、即行それにからむエントリあげてくれたわけで。リンクもね〜のにTB欲しいとか思った。
 見学に行った地域作業所はとても小さいとこだった。民家を改造したとてもアットホームなとこで。いろいろなことを話しながら説明してくれた所長が、見学終了時にわたしに声をかける。「どこかでお会いしたことありますよね?」
 はいわたしもそう思って実はさっきから考えてました。思い出した、5年か6年ほど前に地域福祉を考えるイベントのシンポジウムみたいなのがあったでしょ。引っ張り出されてのこのこ出かけていった。そこでディスカッションしていた中にわたしたちいましたよね、と。ここの作業所ができるいきさつになった話で思い出した。
 そのイベントでは。この所長の肩書きは「障害児の学童保育の保育士」だった。それ以前のこの方の肩書きは「保育園の保育士」だった。そして今は「地域作業所の所長」となってる。この保育園と学童保育所と地域作業所は全て隣接。つまり出会いから必要に背中を押され続けて来たという流れ。
 ふと思い出してappuappuさんとこの過去日記を検索に行く。この方のところはなんかの誰かのブクマで見に行って、そのときに「養護学校の進路研修会」というエントリがメニューから目にとまり、そこをブクマしたのが最初のように思う。で、そのブクマしたエントリのこの方の立場につながる発端を探しにこのときに過去日記の一覧をひろげた。
 で、その記憶を頼りに今回欲しかったのはコレ。

進むべき道/とほほな毎日
ま、足がこっちへ向いてしまったんだからしょうがない。

 これがこの一言が、わたしにはとてもよくわかるとこがあるなあと思う。道がそっちに流れていくというか。
 自分でもホントにしつこいと思うけれど、またこっちに戻る。

障害者は介護者を喜ばせなければならないのか/世界、障害、ジェンダー、倫理☆
なぜこんなにもはつらつと「私が介護しようと思った理由」を言いたくなるのだろう。

 この10代の子。この子が最初に「中学校の時に重度身体障害者の作業所に行き、お世話をした」時。そして進路を考えていく時、進路を選択していく時。この文章で全面主張をしていく以外のことだって思うことだって、ホントはあったんじゃないかと思う。小さいことまで入れていけば。「道がそっちに流れていく」ようなこと。で、その中の要素の一端でもある「充実感」をなぜこんなにも前面に出して主張するのか。またその主張をわざわざ(と言っていいかどうかわからないけれど)x0000000000さんに届けていこうとする人が存在するわけで。
 わたしは。個人の感覚としてはこのx0000000000さんのエントリからある種のいらだちを感じるわけで。それはこの「10代の子の文章」だけでなく、この「10代の子の文章」を「取り立てて」注目しようさせようとすることに対して、も、なんじゃないかとも思う。
 「10代の子の文章」自体だけじゃなくて、文章自体だけじゃないとこに「なぜ?」ということの根っこを感じるなと思う。わたしはそこをなんとか見つけたくて、しつこくしつこく食い下がっているのだと思う。
 とりあえず現在頭ん中をしめているのは、「ドラマ性の強要」。出先バスの中で思いつくことをメモしていくけど、まだまだ頭ん中がまとまらない。っつ〜かリンクしたいもの多すぎ。
 いつまとめるかはとりあえず不明。今日購入した2枚のシングルがわたしを呼ぶので。しかしなあ、二枚シングル同時購入の人にくれる「特製ネコバッジ」、ちょっとお粗末過ぎ。白猫より黒猫にして欲しかったし、BUMPなら。