リツエアクベバ

satomies’s diary

子どもが小さいうちにやっておくこと

ふと思ったこと/こにの壺焼き
 我が子が小学校にあがって、いじめられたらどうしよう

 事件になっていくような、精神的傷害事件とでも呼びたいようなレベルでなければ、ささいないじめ行為ってのは、子どもが育つ上で日常的にあるよ、と思う。集団に入った時点で、アイツ気に入らないだのなんだのってことは出てきて、それがペースメーカーになる子で流れが左右して、ってことはある。仲間はずれだって、日常的にある。そこを通して大きくなる、ってことはあるし、経験で学ぶことってのもたくさんあると思う。
 報道されていくものは、いじめではなく精神的傷害事件というレベルに発展してしまっているものだと思う。それを発展させたのは何か、ということ。ではないか、とも思う。
 先を見て対策を練るというより、子どもが小さいときにやっておくべきことは、あなたは大切な存在である、ってことを、せっせせっせと渡していくことなんじゃないかと思う。集団で自分の価値を見失いそうなときに、自分を信じていられる力ってのは、子どもが小さいときに渡してやれる要素というものが大きいと思う。いつだっていつまでも、守ってやれるわけじゃない。本人主体で考えて、行動していかなきゃならないのが成長だから。だからそのときに、心の後ろ盾になるもの。それは小さいときに渡してやれるものだと思う。
 親が環境を選んでやる、ということもひとつの選択肢だと思う。そこに私学に入れるという選択が入るのも、自然な考え方だと思う。
 ただ、私学ブームのような中、中学から私学に進んだ自分の感想なんだけれど。いや、環境を設定してもらったことには感謝してますよ。私学だからこそ守られたことってのは、たくさんあったと思う。これは大人になって気づいた要素もかなり入ってくると思う。
 ただね。私学に行った子が失うものはある。地域というもの、地域というものに対しての思い出が無い。地元に対しての愛着が無い。お祭りに行ったって何したって、つまらないのよ、自分の場じゃないから。成人式も行かなかった。同級生で地元の成人式に行ったという人間は少ない。地域に思い出がある人たちの姿を横目でぽつんとは見たくはない。
 障害のある子を地域で育てる、このことの大切さってのをわたしが大きく思うのは、自分自身が「地域が無い子」になってしまったのだ、と思うことは影響していると思う。でもわたしには小学校時代というものが地域の生活にはある。そのことは、自分が地域が無い子と思う中での救いの部分だと思う。
 数年前、地元のお祭りで。きれいに浴衣を着付けてもらってやってきた一人の女の子。その子が肩を怒らせて帰ろうとしていることに気づく。どうしたのよ、と声をかける。アイツらがつまらない、と言う。
 ああ、と思う。この子は私学の中学に進んだ。その最初の夏のお祭りだった。今までの同級生とは違う日常を進み出している生活の中で、地元の友人たちと会える地元のお祭りは楽しみだったんだろうと思う。誰が何をしたわけでもなく、彼女は初めての私学に進んだ疎外感を味わったのだな、と思った。この子は寂しさを感じると怒る子だったな、と、この子の小学生時代を思い出す。
 あのね、と言う。わたしも中学は私立だったわ、と話す。中学に入ったばかりの頃、あなたと同じようなことを思ったこと、でもね、と。この子がこの先思うであろうことのヒントを渡す。そういう気持ちって、親にはなかなか話さない。そういうことって、なかなか大人にはわからない。