リツエアクベバ

satomies’s diary

姑の百箇日

 法要というものは、どこまできちんとするものかってのは、そこの家によって違うんだろうと思う。なんて思いつつ、今日は姑の百箇日。舅と、そして夫の家の4人の子どもとその家族、総勢16名にて法要。
 夫の家の子ども、長女、長男、次女、三女。既婚者は3名、だからその配偶者は3名。この3名のうち一人がわたし。そしてわたし以外の2名の配偶者は実は二人とも僧侶。別にたいした理由も無く、義姉と義妹が私立高から推薦入学で行ったのがそれぞれいわゆる仏教系の大学だったから。いわゆる「大学の時の彼氏」がたまたま寺の息子だったということ。宗派は義姉のダンナは違うけれど、義妹の配偶者の宗派は偶然にも夫の家と同じ宗派。うちの子どもたち、義妹の子どもたちは、この二人の僧侶をそれぞれ「海の坊主と陸の坊主」と呼ぶ。海と陸、語源は簡単なこと、二人の僧侶の「頭の様子」。
 姑が亡くなった日の夜、義妹のダンナは僧侶姿で訪問し、しつらえられた祭壇と横たわる姑の前で枕経を唱える。お経が終わった後に経を読んだ僧侶が義母を思い泣く。自分が逝ったことを泣いてくれる僧侶に経をあげてもらえる姑はしあわせだと思った。思ったので甥に聞く「わたしが死んだときにああやってお経をあげてくれる?」甥が笑顔で強くうなずくので、悲しみの中で小さくしあわせに思う。
 今日は子どもが集まるだけの内々の法要なので、宗派を超えて義姉のダンナがお経をあげる。内々の集まりでも僧侶の正装が3名。甥はなんとかかんとかの行をすでに終えていて、小学生ながら法要をこなせるなんとかをいただいているのだとか。
 今までは、単に身内に坊主が多いだけという意味づけだったのだけれど、こうして身内に僧侶がぼこぼこといることに、はっきりと意味づけされたような姑の逝去。急逝のばたばたの中、葬儀の段取りだの一般的な喪のしきたりなんぞに義妹はてきぱきと動き、実に頼もしかった。義妹がしっかりとした宗教家の妻なのだなあと、そんな一面も見直したように思う。そういや義妹もなんとかかんとかの行を終えて、そのことがどうのこうのとかで、腕数珠というものをいつもしてる。きれいな水晶にペリドットだのピンクトパーズだのの小さな半貴石をあしらったもので、きれいなブレスレットだときゃーきゃー言うわたしをたしなめるように「これは腕数珠なのよ」なんて言う。
 3人の娘達、寺に嫁がせても「恥ずかしくない」しっかりとした娘に育てたのは姑。義姉も義妹もみな、いわゆるどこに出しても恥ずかしくない、きちんとした女性たち。寺に嫁ぐということは、厳しい主要な檀家チェックが入るらしい。そんな査定を堂々と通れる女性たちだと思う。そんな義姉と義妹の中にいると、わたしは常に「えへへ」キャラで、その「えへへ」キャラをまんまかわいがってくれた義母だったなあと思う。
 お経をあげて、お墓参りに行って。そして形見分け。義姉や義妹に混じって「わたしもいいの?」と聞き、「入らなきゃダメよ」なんぞと言われながら姑の部屋へ。
 並べられた形見となった「物」の中から、小粒のダイヤを5つあしらったシンプルなリングとプラチナのネックレスをいただく。義姉も義妹も「ネックレスはしないからいらない」と言うので、それに加えて黒曜石のネックレスとアメジストのネックレスもいただくことに。わたしはいつも首になんか下げてるからね。
 リングを結婚指輪に重ねて左手の薬指にする。サイズはぴったり。派手すぎずに小さくキラキラと輝く小粒のダイヤを見つめながら姑を思う。形見なんだな、と思う。
 「Sちゃん、ほら、水晶のきれいなブレスレット、欲しがってたでしょ。これ持っていっていいよ」と義妹が言う。だからさ、箱に書いてあるじゃないか「腕数珠」って、ブレスじゃないじゃないか、なんて言い返すと、義姉も義妹もにこにこと笑う。未婚の、最期まで一番近くにいた義妹に、「わたしもらえない」と言うと、「おかあさんたくさん持ってたから。わたしはもうもらったから」と言って、微笑んで差し出す。「わたしがもらったら腕数珠にはならないからね、ブレスだからね」なんて言いつつ、結局持ち帰る。眺めていると、今までブレスに見えていたものは、それはやっぱり腕数珠に見えるわけで、祥月命日とかそんなときにしていようかななんて思いながら、鏡台の引き出しにしまう。