リツエアクベバ

satomies’s diary

はてブで記憶に残っているもの

 心身共にばたばたしているこの数日、はてなのRSSを開いて、はてなの自記事のきをふしはてブに気づく。
ふうんはてブかあ、と思いつつ、そのままきをふしはてブに飛び、ざざーっと眺めて、ふとコレに気づき本文閲覧。
はてなブックマーク > Vipoir :クラスメイトが死んだんだが
 本文全文は、読んでいるうちにめんどくさくなってしまって、途中で挫折。でも概要は理解。
 「お口が過ぎる」ことに対しての批判はわかるんだけれど、内容は理解はできるなあと思う。それはわたしが高一のときに、接点のあったクラブの先輩の葬儀に行かなかったクチだから。
 その前年、仲の良かった友人のお母様の葬儀に出席。不幸に対しての観客的視線が耐えられなかったし、自分さえもその傾向を持つ要素が捨てきれないのではないか、ということにも耐えきれなかった。
 その先輩の死自体には愕然とした。なんだか最近妙に滑舌が悪いような気がしたのが9月、「なんか右手が妙に震えるのよね」と言っていたのが10月。10月後半には自律神経失調症という病名がつき、12月には脳腫瘍と診断され手術。葬儀は2月14日だった。
 そんな事実の流れには愕然としながらも、葬儀という話を聞いて、「群れに入る」気になれなかった。また、葬儀の出欠には関係なく、自分の中での「死」というものに対する意味づけが成熟していく中で、この先輩の「死」は、また色を変えていくものだったと思う。後年、たまたまこの方の眠る墓地に近い場所に住んだことがあったので、その当時はまだ小さかった子どもを連れて墓参りなんぞに行ったり。花だのなんだのと大仰なことはせず、ぶらりと立ち寄って手を合わせたりしたなあと思う。
 「死」や「死別」ということに対しての経験や、その経験の色は人によって違う。まして10代の頃は、その差は激しいものだと思う。そのことに対しての考慮が薄いままに、固定観念のような、上から押さえつけられるような「死」というものに対しての定義付けに対して、悪態をついてみたりするのもこの年齢ならではなんではないかとも思う。
 私学の中高の教師であった友人のご主人が40代に入って間もなく急死されたときに出席した葬儀では、たくさんの中高生が葬儀に参列していた。厳粛に参列ということでもなく、列の中でふざけあっている群れもあったけれど、わたしはそんなに気にならなかった。葬儀という場で、その中でその場で接して感じるものを最初から押さえつけられるような場の圧迫感に対して、仲間の存在で薄めようとする行為であって、その行為自体を外見からだけでとらえて何を感じているかを外側から決めつけようとすること自体、乱暴な気もするし。このときはその生徒たちの姿よりも、「大人」が行った芝居がかった弔辞の方が、実は気になったものだった。